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濃厚接触者となるの巻

在米30年くらいの姉は、2、3年に一回くらい、日本に帰国して

運転免許の更新やらなんやらをやっていました。

新型コロナのまん延がこんなに長引いて、姉の実家が建て替えられたのに

それを見に来る事もできず時はすぎ

数か月前に入国者のPCR検査の規定が緩和されたきっかけに

6年ぶりに12月22日に日本にやってきました。

んで

12月26日に新型コロナウィルス陽性になりました。

母と私は濃厚接触者となり不要不急の外出・出社禁止

姉の発症日から少なくとも4日間は無症状でも陰性でも半隔離生活が始まりました。


帰国当日は母と3人でシウマイ弁当を食べたり、しばし歓談

滞在中は客間ではなく、私の寝室を使ってもらうことになりました。

というのも…

私の仕事が繁忙期で家の滞在時間7時間にもかかわらず

晩酌するもんだから、だいたいPCの前で寝落ちの毎日

たまに寝室で寝ると大根坊

な状態なため、PCするLDKにお布団を敷いて、ワンルーム生活開始したところ

湯河原城主の「なら客間を片付けるより(客間とは名ばかりの物置部屋のため)

寝室をお姉さんに明け渡したらいんじゃね?」の一言で

そうなったのですが、それが大正解でした。

客間滞在だと、トイレやお風呂にLDKを通らねばならず

寝室はほとんどかかわらずに行けるので

隔離部屋にはもってこいという結果になりました。


姉がシャバに出られるようになるまで私は母の部屋で暮らすことにしました。

母部屋は、客間とかはないのでLDKに布団を敷いて…って自分ちと一緒じゃん

発症発覚時はそりゃあ大変でした

玄関や車に消毒液など置いていたものの、それまで正直、お飾り的要素が高く

ほとんど使ってなかったりしましたが

それらを激しく消費・むしろ買い足し、とにかく姉が触れたと思われるものを

強い妄想力想像力をフルに発揮し消毒しまくり

隔離生活のためのフタつきゴミ箱やら電気ポットやら

アレルギー体質の姉に対応した食料品の買い出し

ほんの1週間とはいえ母の部屋で半隔離生活するための引っ越しと

女王気質の姉の対応…私は一生このヒトの召使の位置なのだろうと確信

発覚2日目、私はひたすら寝ました。

朝はゴミ出し時間前に起き、家回りの掃除などはしましたが

その後、昏々とひたすら寝ました。

それまで朝6時に家を出て夜11時に帰宅する生活なので

あらゆる動作がノロマな私は

朝は4:55分(微妙な時間)起き、早くて2時就寝

正直、運転しながら寝てました。青信号になっても進まない前の車に

最近の人はクラクション鳴らしません。煽り運転のきっかけですからね。

濃厚接触者となり、出社停止となって会社に迷惑がかかる…!と焦りましたが

あの眠気との闘い生活から数日でも逃れられると思ってしまったことは間違いないです。



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濃厚接触者の義務?の陽性者と最終接触から二日目(12/28)の抗原検査の結果、母も私も陰性です。


つづく





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